「四肢痙縮」×「ボツリヌス療法」 筋同定と施注のタイミング大丈夫?
こんにちは。
私が勤務している病院では痙縮筋に対して、
「ボツリヌス療法」を積極的に検討して実施しています。
脳卒中治療ガイドラインでも高いグレードで推奨された治療です。
つっぱった筋肉にボツリヌストキシンという薬剤を注射するわけですが、
本記事では簡単な概要と注意点を記します。
臨床のリハ職の方はもちろん、
これからボツリヌス療法を受けようとお考えの脳卒中等の既往患者さんに
ぜひ知っていただきたい…
その「ボツリヌス療法」って適切かつ正確に施行されていますか?
医療費の無駄遣いになっていませんか??
ボツリヌス療法…どんな薬なの?
有効成分:ボツリヌス菌によって産生されるA型ボツリヌス毒素
作用:神経と筋の接合部におけるアセチルコリンの放出を抑制
結果、神経‐筋伝達を阻害し、筋肉を弛緩させます。
※アセチルコリンとは?
運動神経の末端から放出される神経伝達物質です。
骨格筋を収縮させたり興奮させます。
対象:手足の痙縮、斜頸、顔面麻痺、神経因性膀胱、過活動膀胱、など…
※痙縮(けいしゅく)とは?
筋肉がつっぱってしまい姿勢異常や疼痛といった障害をもたらす状態。
痙縮のメカニズムがわかる医療者向け参考文献をご紹介。
Li S, et al. New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity. Front Hum Neurosci. 2015 Apr 10;9:192.
薬品名:本邦で代表的な薬品はこちら。 ※ 薬品名/製造販売元/薬価(50単位)
① ボトックス / グラクソ・スミスクラウン(株) / 38,199円
② ゼオマイン / 帝人ファーマ(株) / 18,707円
ただし、ゼオマインは2021年2月現在、対象は「上肢痙縮」に限られます。
使用法:直接対象となる筋肉に注射します。
四肢痙縮…施注するタイミングはいつ?
多くは慢性期(生活期)での施注が主でした。
しかし、近年は発症から早期の段階で施注し、
「機能改善が得られた」、「有用性が示された」といった報告が増えています。
ベストなタイミングに関して正解を記すのは難しいですが、
好ましくないタイミングはあります。
注意すべきタイミング① 脳浮腫が目立つ期間
脳浮腫が出現する代表例が、脳梗塞発症後の急性期‐亜急性期です。
脳浮腫とは?
脳内に水分が発生し、脳が腫脹した状態。
頭蓋内の圧力を上昇させ、脳の血流減少、虚血状態となり生命をも脅かします。
脳梗塞による脳細胞の壊死、損傷が脳浮腫の原因となります。
「怪我をすると腫れる」…理屈は同じですね。
広範囲の梗塞巣ほど注意が必要です。
脳浮腫が改善されるのは程度によるので個人差があります。
脳浮腫は筋の緊張に影響します。
(除皮質硬直は最悪の代表例ですね。)
適切な筋の緊張をもって姿勢を保持するには、
主に脳幹の姿勢反射中枢が機能します。
そして大脳や小脳は脳幹の姿勢反射を調整しています。
脳のダメージが大きいほど異常なつっぱり、姿勢をとってしまうわけです。
脳浮腫が改善した後の筋緊張評価をしっかり行って検討することが大切です。
注意すべきタイミング② 脳内血腫が周囲を圧迫している期間
血腫は脳出血後に完成されます。
そして時間の経過とともに自然に吸収されていきます。
1か月~3か月といったところで個人差があります。
※損傷を受け、壊死した脳細胞は治癒しません。
そして大きな血腫であったり、錐体路(骨格筋を随意的に支配する神経路)を
圧迫している血腫が吸収される前は、
脳浮腫と同様に筋肉の緊張に影響を与えている可能性があります。
血腫の吸収期を待ってから判断することをお勧めします。
注意すべきタイミング③ 安静や寝たきりからの離脱期
「痙縮」のメカニズムのひとつが筋肉の短縮です。
例えば…
ある日歩き始めたら足クローヌス(ガクガクって痙攣みたいになるやつ)が出た。
これはふくらはぎの筋肉が伸びにくく、かつ短縮してしまい、
筋肉の緊張を調整するための筋紡錘という組織が
興奮しやすくなってしまった状態です。
今まで動けていなかった経過がある場合、
活動性が伴うにつれて筋の緊張も次第に緩和されていくようなケースも多いです。
寝たきりだった方、活動性が乏しかった亜急性期などは
しばしの期間、動いてもらうことから始めて経過をみましょう。
上記①~③のケースは、発症から早期におけるパターンといえます。
時間経過やリハビリで改善を見込める筋の緊張異常かをしっかし検討しましょう。
見誤ると、つっぱりは改善したのに肝心の筋が働きにくい…
なんて現象になりかねませんので。
逆に、タイミングを逃してしまうパターンもあります。
注意すべきタイミング④ 完全に関節拘縮に陥った場合
在宅に復帰した後など、慢性期(生活期)にありがちなパターンです。
筋肉が線維化してしまい、
関節構造体そのものが変性、固くなり、
関節の可動性が損なわれてしまった状態では奏功しがたいです。
少なくとも関節の可動性を保ててるうちに施注しましょう。
筋同定しないと…筋肉に薬液入ってませんよ?
筋同定とは?
ターゲットとする筋肉を見極めること。
方法は??
筋電図、筋電計、超音波など
私は超音波を使用しています。
筋同定しないってありえるの??
あり得ます。
実際に触診と解剖のイメージで施注する医師も多くいるはず。
しかし、残念な報告が…
ふくらはぎの表層の筋肉でさえ、正確に施注できる確率は50%程度…
例えば…
Craw toe(クロートゥ、足趾が曲がった状態)だったり、
内反足(足の内側がひっくり返る状態)だったり、
これらに関与する筋は深層にあります。
ちなみに前者は長趾屈筋、長母趾屈筋、後者は後脛骨筋です。
まず筋同定をしないと薬液入っていません。
何万もする薬剤が狙った筋肉に入っていないってやばい勿体なくないですか?
実際に私が携わった方々は医師と一緒に超音波で筋を同定して、
針の侵入と薬液注入までをモニターで確認してきましたが…
これがまた数mm単位の世界で
針の深さを調整する必要があることを知りました。
まず何かしらの方法で「筋同定をしています」
って説明されないと自分だったら納得して施注は受けません。
注射針の長さにも注目
例えば…
先述した長母趾屈筋や後脛骨筋は超音波で同定すると
表層からおよそ1.5~2.5 cm 程度の深さで確認されます。
少なくとも2.5cm ある注射針を使用しなければ届きません。
おそらく筋同定をしっかりしている医療従事者、医師は、
注射針の長さも配慮されていると思いますが、
いきなり打とうとしているDr.へは
「その注射針で足りますか?」って聞いてみるといいかも(笑)
ほんとにいるんですよ。
「ここだな」って硬いところにただ施注する医者が…
個人的にヤブとは言いませんが、医療費の無駄遣いです。
今回のオチ
超音波で筋同定をするためのスキルを日々伝達中。
しかし、実際に超音波を使って筋同定できるようになって
現職場のボツリヌス療法の質が向上したのは…
たかだか4年くらい前からなのです(汗)
その前は医師に解剖の参考書を見せて
「この辺か?」
なんて感じで注射してました。
今だから分かる!
その頃の薬液はほぼターゲットの筋を外れて施注されていたのだろう(涙)
とてつもない罪悪感にかられるのでした…
気軽に覗いてみてください。